日本は海外から語られることの多い国です。丁寧な分析もありますが、SNSで広まるのは、ミームや釣り見出し、文脈を欠いたまま繰り返される同じ統計であることが少なくありません。人口動態の数字そのものは事実です。しかし、日本企業がそれに日々どう対応しているかは、ほとんど伝わっていません。
本稿では、この1年間に日本の経済メディアが報じた内容をもとに、その実態を整理します。
結論から
日本企業は、初任給の引き上げ、シニア人材の雇用延長、スポットワークアプリによるシフト単位の人員確保、新入社員の奨学金の代理返還、外国人材の採用拡大、そして熟練職人の正社員化に取り組んでいます。さらに一歩進んだ企業は、仕事のあり方や採用ブランドそのものを見直し、これまで応募してこなかった層にまで手を伸ばしています。
個々の企業にかかる圧力
全国的な数字はよく知られていますが、人手不足が個々の企業に何をもたらしているかは、あまり知られていません。帝国データバンクによると、2025年度(2026年3月まで)の人手不足倒産は441件で、前年度の約1.3倍、過去最多となりました。このうち118件は従業員の退職がきっかけです。業種別では建設業が全体の4分の1を占め、道路貨物運送業、老人福祉事業、飲食店が続きます。2026年上半期も227件と、過去最多を更新しています。
企業が取り組んでいること
初任給の引き上げ。帝国データバンクによると、2026年4月入社の新卒について、67.5%の企業が初任給を引き上げ、平均引き上げ額は9,462円でした。ただし小規模企業では半数にとどまり、新入社員の給与が指導役の既存社員を上回る「逆転現象」を懸念する声も挙がっています。
シニア人材の雇用延長。厚生労働省によると、2025年6月時点で70歳までの就業確保措置を実施している企業は34.8%で、1年で2.9ポイント増加しました。定年制そのものを廃止した企業も3.9%あります。
シフト単位での人員確保。タイミーなどのスポットワークサービスを使えば、採用ではなくシフト単位で人を手配できます。それでも需要は供給を上回り続けています。Business Insider Japanが報じたデータによると、2026年3月のスポットワークの求人倍率は4倍を超え、22か月連続で上昇しました。
奨学金の代理返還。日本学生支援機構(JASSO)の制度では、企業が社員の奨学金を直接返還でき、企業・社員の双方に税制や社会保険料の優遇があります。2026年1月末時点で4,614社が導入し、支援を受けた社員は24,086人にのぼります。
外国人材の採用。2025年10月末時点の外国人労働者数は約257万人で、前年比11.7%増、13年連続で過去最多を更新しました。産業別では製造業が最も多くなっています。一方で政府は在留管理を厳格化しており、企業がいつまでも頼れる手段とは言えません。
これまで届かなかった層へ
ここまでの取り組みの多くは、同じ人材の取り合いか、既存社員に少しでも長く働いてもらうためのものです。一方で、人材の母集団そのものを広げようとする企業もあります。
名古屋に本社を置くビジョナリーは、障害のある方向けのグループホーム、デイサービス、訪問介護を展開し、高齢者介護にも事業を広げています。介護は日本で最も人手不足が深刻な分野の一つで、賃上げや外国人材の受け入れといった定番の対策はよく知られています。
ビジョナリーは別の道を選びました。体力が求められる仕事に向いていながら、これまで介護をキャリアの選択肢として考えることの少なかった、若く健康志向の層を惹きつけたのです。同社は「日本一マッチョが多い介護の会社」を掲げ、全社員が全国のフィットイージーを無料で利用でき、社内で無料のマッサージも受けられます。実業団チーム「7SeaS」のメンバーは勤務時間内に1日2時間のトレーニングを行い、プロテインやサプリメント代として月2万円の手当を受け取ります。チームは大会に出場し、独自のイベントも主催しており、フランスやドイツのメディアにも取り上げられています。
双方にとってメリットがあります。ビジョナリーは、身体的な負荷に耐えられ、けがや燃え尽きのリスクが低い人材を得られます。社員は、ジムでの時間を確保できる職場を得られます。
再評価されるブルーカラーの仕事
最も大きな変化が見られるのは、AIやロボットで代替しにくい熟練の現場仕事です。日経ビジネスは、こうした人材を「ネオ・ブルーカラー」と呼び、前後編のドキュメンタリーで、企業がどこまで踏み込んで人材の確保と定着に取り組んでいるかを取り上げています。
最初に動いたのは賃金です。電気設備工事の関電工は、技能職の高卒初任給を26万円に引き上げ、中堅の技能者には年収1,000万円前後を得る人もいます。TSMCの進出で建設需要が急増する熊本では、地元の建設会社が、業界未経験でコンビニのアルバイトをしていた50代の女性を現場監督として採用しました。
大手企業は、仕事の組み立て方そのものを変えています。
- 積水ハウス建設は2024年から、下請けに頼るのではなく、高卒者を中心に職人を正社員として直接雇用しています。2025年は134人が入社し、2033年までに約1,000人の直接雇用を目指しています。初任給を最大11%引き上げ、トレーナーを倍増し、「見て覚える」に代わる段階的なキャリアパスを設けました。30代のチーフクラフターの年収は800万円近くで、社会インフラ関連職の平均年収約436万円を大きく上回ります。
- 東京のタクシー会社日本交通は2020年、新卒だけが配属される営業所を開設し、乗務員自身が運営するカフェスペースを設けました。平均年齢は24.6歳で、歩合制のもと、20代で年収800万円を得る乗務員もいます。2025年入社の新卒47人のうち、退職者は1人だけです。
- 大林組はVRを活用した訓練で、現場で1週間かかる工程を1時間で体験できるようにし、一人ひとりが複数の技能を身につけられるようにしています。清水建設では、吹き付け作業をロボットが担い、訓練を受けた職人がその操作を行っています。
- ドン・キホーテは、アルバイトを含む現場スタッフに、売り場づくりや仕入れ、採用まで任せています。応募数は前年の1.3倍から4倍に増えています。
- 3COINSなどを展開するパルグループは、1,500人以上の販売スタッフについて、SNSのフォロワー数やSNS経由のEC売上への貢献を評価しており、成果次第で半期に最大1,000万円の賞与を受け取ることもできます。
共通点はビジョナリーと同じです。これらの企業は、単に給与を上げているだけではありません。安定性、育成、裁量、イメージといった仕事そのものを変えることで、これまで考えもしなかった人たちに選ばれる仕事にしているのです。
日本の採用にとっての意味
人材の母集団が縮小し続ける市場では、同じ人材を競合と奪い合うよりも、新しい層に届くことの方が重要になります。
エンタープライズテクノロジーの採用は、ある点で異なります。候補者がまず惹かれるのは製品、つまりどれだけ独自性があり、どれだけ成長の余地があるかです。それでも、直面している状況は似ています。日本のテクノロジー市場は競争が激しく、毎年新たな外資系ベンダーが参入し、多くが同じ顧客に競合製品を売り込み、限られた経験者を奪い合っています。報酬や福利厚生はもちろん、採用プロセスそのものも重要です。優秀な候補者ほど選択肢があり、選考の遅れや滞りが、そのまま候補者を失う原因になります。
必要は発明の母。
出典